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松山地方裁判所宇和島支部 昭和39年(わ)114号 判決 1968年6月12日

被告人 二宮音一郎 外三名

主文

被告人二宮音一郎を罰金一万五、〇〇〇円に、

被告人小島和宏を罰金一万五、〇〇〇円に、

被告人溝口義明を罰金一万五、〇〇〇円に、

被告人田中正生を罰金七、〇〇〇円に

それぞれ処する。

右被告人らにおいて右各罰金を完納することができないときは、右被告人らをそれぞれ金五〇〇円を一日に換算した期間労役場に留置する。

理由

(本件犯行の背景および罪となるべき事実)

第一、本件犯行の背景

一、被告人らは、いずれも、宇和島市鶴島町五一番地六一に本社を置く有限会社さつきタクシー(保有乗用自動車数一七輛、ただし、うち二輛故障、以下さつきタクシーという)の従業員であつて、被告人二宮音一郎は、一般乗用旅客自動車運送業を営むさつきタクシー、四国自動車交通株式会社および丸之内相互タクシー株式会社の三社の従業員の各一部をもつて組織した昭和三八年一二月一六日結成の宇和島地区タクシー合同労働組合(以下、組合という)の執行委員長、被告人小島和宏は同組合書記長、同溝口義明は同組合の執行委員、同田中正生は同組合員である。

二、組合は、昭和三八年一二月一八日右三社に対し従業員一人あたり三万円の年末手当の支給とこれが団体交渉に応ずるよう要求したが、四国自動車交通株式会社の代表者が病気入院中で三社の代表者がそろつての正式団体交渉ができず、同月二一日取りあえずさつきタクシーの社長河田佐津喜および丸之内相互タクシー株式会社の社長と交渉をした結果、河田社長から前年度並み程度(基本給の一ケ月分-約七、〇〇〇円)の年末手当しか支給できない等の返事があつたためもの別れになり、その後右三社の代表者はいずれも誠意をもつて団体交渉に応じようとしなかつたため正式団体交渉ができる運びにいたらなかつたので、同月二三日にいたつて宇和島市鶴島町の国鉄宇和島駅構内所在の宇和島地区労働組合共同闘争会議(以下、地区労という)事務所で開催された組合の緊急執行委員会における討議の結果、組合は、右三社に対し、文書をもつて、右三社が団体交渉および組合要求の右年末手当額を応諾するや否やを同日午後八時まで回答するよう申し入れたところ、丸之内相互タクシー株式会社からは従前の組合員は全員組合を脱退した旨、四国自動車交通株式会社からはなお代表者が病気で団体交渉に出席できない旨、また、さつきタクシーの河田社長からは組合要求の右年末手当額は応諾できず、団体交渉は延期されたい旨の各回答があつて、正式団体交渉のできる見透しは全くなかつた。そこで、組合は、全組合員の脱退した丸之内相互タクシー株式会社を除く他の二社に対し、同日午後九時一〇分を期して同盟罷業を決行することに決定し、ただちに右二社にその旨通告して同日時から無期限の同盟罷業に突入した。

第二、罪となるべき事実

一、被告人小島和宏および同溝口義明は、右同盟罷業に突入する前の同月二一日午後五時前ごろ、組合と右河田社長らとの右交渉決裂直後開催された執行委員会において、組合活動の指導のため派遣されていた愛媛県自動車交通労働組合の書記長高橋健治から、同盟罷業に突入する際は会社の営業用乗用車の自動車検査証(以下、車検という)を組合側で引揚げて保管することが要求貫徹の最も効果的な方法であり、これを認容した判例もある旨の説明を聞いたあと、同市鶴島町一九一の四番地所在のさつきタクシー駅前営業所にともに帰社したが、その際、すでに、河田社長が組合員にさつきタクシーの自動車の車検やエンジンキーを取上げられることを憂慮してその身内にあたる職員に命じ、さつきタクシー側において、帰社している山川嘉久らの担当乗用車の車検やエンジンキーを引揚げ、担当運転手が仕事につくまで保管していたため、被告人小島和宏は右山川から同人担当乗用車の車検とエンジンキーがない旨聞知し、さらに右被告人両名は、ともに、銭湯へ行くべく黄土色皮製旅行用化粧セツト(証第一九号)を小脇に抱えて階段を下りて来る河田社長を認めるや、いずれも、同社長が車検を携帯しているものと早合点して、同社長が組合の先手を打つて、身内の者や臨時雇いの運転手で営業を続けることができるよう、車検を引揚げてこれをさつきタクシー側で確保しようとしているものと判断し、憤慨のあまり、同社長の計画を挫折さすため、同営業所車庫内のさつきタクシーの営業用自動車のタイヤから空気を抜いてその営業を妨害してやろうと考え、被告人小島和宏が同溝口義明の後方から「エアーを抜いてやれ」と声をかけ、同被告人に対し、暗に、相協力して右行為をなそうと呼びかけたところ、被告人溝口義明も暗にこれを承諾し、ここにおいて、被告人両名は、相共に右犯行を遂行することを共謀のうえ、ただちに、同車庫内において、被告人小島和宏はさつきタクシー所有の営業用自動車である愛媛五あ二五-七四号車の左側後車輪、同三九-六三号車の右側後車輪および同三一-三〇号車の右側後車輪、被告人溝口義明は同三三-九〇号車の左側前車輪、同三一-三〇号車の左側前車輪および同二五-七四号車の右側前車輪の、各タイヤから、それぞれ、ほしいままに、虫廻しを使用して空気を抜き、これら自動車を一時使用不能にして毀棄し、もつて、威力を用いてさつきタクシーの旅客運送業務を妨害し、

二、被告人二宮音一郎、同小島和宏、同溝口義明および同田中正生は、右犯行直後の同日午後五時過ぎごろ、同僚の山川嘉久と相前後して、組合の事務所に指定されていた同市鶴島町五一番地六一所在の前記本社営業所に来合せたが、その際、被告人小島和宏と同溝口義明がそれぞれ、「河田社長が車検を引揚げ、我々に仕事をささんつもりである。それで、自動車のタイヤの空気を抜いてやつた」となどと不満をぶちまけたところ、一同、右被告人両名から聞知した、河田社長の仕打ちに対し憤慨のあまり、こもごも、「河田社長の思うようにさせないため、我々も協力して本社営業所の車庫に入つているさつきタクシーの自動車のタイヤから空気を抜き、さらに、空気の充填ができないよう同車庫内備え付けのエアーコンプレツサーの電源コードを切断したり、走つているさつきタクシーの車検やエンジンキーを取り上げたりして、さつきタクシーの営業を妨害しよう」との旨言い出して、皆、これに賛成し、ここにおいて、右被告人四名と右山川は、相共にこれらの犯行を遂行することを共謀のうえ、

(一) 被告人溝口義明は、同日時ごろ、同車庫において、さつきタクシー所有の営業用乗用自動車である愛媛五あ三六-七三号車の左側前車輪および同四一-四七号車の左側前、後各車輪の各タイヤから、ほしいままに、虫廻しを使用して空気を抜き、これら自動車を一時使用不能にして毀棄し、

(二) 被告人二宮音一郎および同田中正生は、同日時ごろ、同車庫において、さつきタクシー所有の同所備え付けの営業用エアーコンプレツサーの電源接続中のビニール製コードを被告人田中正生が切断しやすいように引つ張つたうえ、同二宮音一郎が同所の机のひき出内にあつた裁断用鋏(証第一八号)をもつて切断し、一時右コンプレツサーの使用を不能にしてこれを毀棄し、

(三) 被告人小島和宏および同溝口義明は、同日時ごろ、同僚の酒井博隆の運転するさつきタクシーの営業用乗用自動車である愛援五あ三三-一〇号車が同営業所前を通過するのを認めるや、ともにこれを追尾して、同営業所西方の同市恵美須町交差点において、こもごも、右酒井に対し、同車備え付けの車検を渡すよう要求して、被告人小島和宏がこれをもらい受けて取上げ、同日午後九時ごろまで同被告人において保留して右自動車を運行の用に供し得なくし、

これらの行為により、もつて、威力を用いてさつきタクシーの旅客運送業務を妨害し、

三、被告人二宮音一郎、同小島和宏および同溝口義明は、前記同盟罷業に突入した日である同月二三日午後一時ごろ、地区労事務所において開催された組合の緊急執行委員会に役員としてそれぞれ出席したが、その際前記高橋健治から、同盟罷業に突入と同時に組合において車検を確保して会社の自動車運送業務を妨害すること、そのためには、その突入前でも各自これを身につけ、組合においてできるだけ多くの車検を確保できるよう準備しておくよう指導があり、その後、前記のとおり、組合の文書による要求に対し河田社長から要求拒否等の回答があるや、さらに、右高橋から、組合員が確保したさつきタクシーの車検は被告人小島和宏の手許にまとめたのちこれを右高橋に一括預託するよう指示があつたので、右被告人三名は、相協力して、右高橋の指導どおり行動することの合意をなし、ここにおいて、相共に右犯行を遂行することを共謀のうえ、

(一) 被告人二宮音一郎は、

(イ) 前記同盟罷業に突入前の同日午後八時四〇分ごろ、前記駅前営業所において、運転手井上喜寿に対し、同人運転のさつきタクシーの営業用乗用自動車である愛媛五あ三九-〇八号車備え付けの車検を渡すよう要求してこれをもらい受けて取上げ、

(ロ) 右同日午後八時四五分ごろ、前記本社営業所前路上において、竹田長一郎運転の前同愛媛五あ三六-七一号車備え付けの車検を同自動車から持出して取上げ、

(二) 被告人小島和宏は、右同日午後八時三〇分ごろ、前記駅前営業所において、同被告人運転の前同愛媛五あ三四-八〇号車および同三九-六三号車各備え付けの車検を同自動車から持出して取上げ、

(三) 被告人溝口義明は、右同日午後九時二〇分ごろ、前記駅前営業所において、同被告人運転の前同愛媛五あ三六-七二号車および同二五-七四号車各備え付けの車検を同自動車から持出して取上げ、

ただちに、右各車検をそれぞれ被告人小島和宏の手許に集めたのち、同被告人からこれを、前記高橋に預託して保留し、右各自動車をいずれも運行の用に供し得なくし、もつて、威力を用いてさつきタクシーの旅客運送業務を妨害し、

四、被告人二宮音一郎、同小島和宏および同溝口義明が、右のとおり共謀を遂げた後同日午後八時三〇分ごろ前記駅前営業所において、被告人小島和宏が他の被告人らの意を受けて、被告人田中正生に対し、さつきタクシーの業務を妨害するため、同被告人運転の前同愛媛五あ四一-四七号車備え付けの車検を同自動車から持去るよう指示したところ、同被告人はこれを承諾し、ここにおいて、右被告人四名は相共に右犯行を遂行することを共謀のうえ、被告人田中正生は、同日午後八時四五分ごろ、前記駅前営業所において、右自動車の車検を同自動車から持出して取上げ、ただちに、被告人小島和宏に引渡したのち、同被告人から同じく、これを前記高橋に預託して保留し、同自動車を運行の用に供し得なくし、もつて威力を用いてさつきタクシーの旅客運送業務を妨害し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(本件起訴状記載の公訴事実と一部認定が異なる点についての判断)

起訴状記載の公訴事実中、第三の一ないし四の事実の要旨は、被告人四名が共謀のうえ前記判示第二の三の(一)ないし(三)および四に各掲記の犯行を遂行したものである、というにある。

しかし、被告人田中正生が、右公訴事実中、第三の一、三、四(判示事実では前記第二の三の(一)ないし(三)、以下、その他の犯行という)の犯行を直接遂行またはその共謀に加わつていたことを認定するに足る証拠はない。すなわち、前掲証拠(判示第二の三の各事実に関する証拠)によると、前記判示(判示第二の三および四に掲記)のとおり、昭和三八年一二月二三日組合が同盟罷業に突入した当日、突入の事前に開催された組合の緊急執行委員会において前記高橋から、同盟罷業に突入の際の組合側の戦術として会社の自動車の車検を組合側が確保する提案があり、同席していた執行委員ら(被告人二宮音一郎、同小島和宏、同溝口義明ら)がこれに賛成して、これにもとづき右被告人らがその他の犯行を各分担遂行(前記判示第二の三の各事実)したが、被告人田中正生は、組合の役員でなかつたので、右執行委員会に出席しておらず、ただ、その後、被告人小島和宏から自己の担当車の車検を取上げて同被告人のもとへ持参するよう指示をうけ、これにしたがつた(前記判示第二の四の事実)だけであることが認められ、その際、または、別の機会において右被告人やその他の者から被告人田中正生がその他の犯行または同被告人以外の者の担当車の車検の取上行為を分担あるいはこれに協力することを求められて、これに賛成したことを認めるに足る証拠はない。もつとも、被告人溝口義明の検察官に対する昭和三九年一月二四日付供述調書には被告人二宮、同田中らと話し合つて起訴状記載公訴事実第三の一ないし四の事実を遂行した旨の記載があるが、右供述部分は、話し合の日時、場所等を何ら具体的に述べていないので信用できない。そうすると、この場合、被告人田中正生は、みずからその他の犯行を遂行しておらず、また、これが遂行につきその余の被告人らと何ら謀議をなした事実はなく、ただ、自己の担当車の車検を取上げること(これによりさつきタクシーの業務を妨害すること)につき被告人小島和宏(同被告人を通じその他の被告人ら)と意思を相通じて一体となつてこれを遂行したこと(したがつて、右犯行については被告人四名の共謀共同正犯成立)は認められるが、被告人田中正生は組合の役員でないから、自己の車検取上行為に賛同したからといつて、これをもつて、執行委員会における決議にもとづき遂行されたその他の犯行の遂行についても同被告人がその余の被告人らと意思を相通じていたとはいえない(もつとも、被告人田中正生の当時における行動から同被告人がその他の犯行がなされることに反対しておらず、むしろこれに賛成する気持があつたことは推察するに難くないが、この気持があつただけではその余の被告人らと意思を相通じてその他の犯行に加担したとはいえない)ので、被告人田中正生はその他の犯行に加担していないものといわねばならない。

してみれば、その他の犯行については、同被告人は罪責を負わないが、起訴状記載公訴事実第三の一ないし四の各事実は、包括して一個の威力業務妨害罪として起訴せられ、各別に独立した犯罪として起訴せられていないと認められるから、主文において無罪の言い渡しをしない。

(弁護人の主張に対する判断)

第一、弁護人の主張の要旨

(甲)構成要件該当性の欠如

一、まず、本件公訴事実第二の三および第三の一ないし四(判示第二の二の(三)、三、四の各所為に対応-ただし、前記のとおり一部認定相異-)については、被告人らは威力を行使していない。

すなわち、本件公訴事実第二の三、第三の一の(一)、(二)においては、被告人らが担当運転手の意思に反して車検を引揚げたものでないから威力を行使しておらず、また本件公訴事実第三の二ないし四においては、被告人らは自己の運転していた自動車から下車の際車検を持出したにすぎないから、その際何らの威力の行使はなく、その後における車検返還の拒否の行為自体も威力の行使にあたらない。

二、次に、右車検の引揚保管、あるいはその返還拒否の行為が威力に該当するとしても、業務妨害罪が成立するためには、威力を手段として新たな業務妨害の危険を生ぜしめるか、もしくは、既存の妨害の除去を阻止することを要し、その威力がなかつたならば妨害の危険または結果は生じなかつたであろうとか、あるいは既存の妨害を除去し得たであろうという意味において威力と業務妨害の危険または結果との間には現実的な因果関係が存在し、手段、結果の関係が認められなければならない(荘子邦雄、労働刑法一〇二ないし一〇三頁)。しかるに、本件公訴事実第三の一ないし四について、右の意味における因果関係が認められない。

すなわち、当時、組合がストライキに突入したため、さつきタクシー側の支配下にあつた運転手数は社長を含めて七名であつたので、同社において七台分以上の車検を保有したとしても現実には七台の自動車しか運行し得なかつたはずであるから、その余の自動車を運行し得なかつたのは被告人らの車検引揚げによるものではないことは明らかである。そうすると、被告人らの車検引揚げまたはその返還拒否と業務妨害の結果との間には刑法上の因果関係は存しない。

(乙)違法性の欠如

一、本件公訴事実第一および第二(判示第二の一、二の各所為に対応)は、組合側と使用者側との団体交渉の直後行われたもので、その直接の動機は、右団体交渉における使用者の態度が極めて不誠実であつたため組合員としてはただちにストライキに突入するのであろうと予測された時点において、使用者側がすでに組合のストライキに備えて車検を確保するための手段方法を講じているのに対抗するためであり、しかもその行為の態様はタイヤの空気を抜く、あるいは運転手の承諾をえて車検を一時預る(この運転手は組合員で同日の夜開催された組合の集会に出席し、これから帰るときには右車検を返してもらつている)というもので、その原状回復は極めて容易であるし、また、切断されたコンプレツサーのコードも電源コードで金銭的価値は僅少で容易に復旧できた。したがつて、その被害法益はまつたくないか、または極めて軽微である。

そして、本件公訴事実第三の一ないし四(判示第二の三、四の各所為に対応-ただし、前記のとおり一部認定相異-)は、ストライキ突入と同時に行われたものであり、被告人二宮音一郎は、相手方運転手の承諾を得て行い、その他の被告人らは自己担当車の車検を引揚げたに過ぎず、いずれも平穏裡になされ、引揚車検枚数は八枚で、その保管日数は一週間であり、さつきタクシーの管理下にある運転手数に対応する車輛についての車検はさつきタクシーで確保し、その車輛を自由に運行の用に供し得たのみか、エンジンキーはさつきタクシーが保有し、車輛の点検、整備に必要な作業は自由にできる状態にあり、加えて、争議の目的は当時における劣悪な労働条件の改善を求めるもので、正当であり、しかるに、この要求に対するさつきタクシー側の態度は不誠実かつ不当であつた。

そこで、以上の事柄を総合すると、本件公訴事実全部における被告人らの行為は、未だ刑罰を科さなければならないほどの高度の反社会性を有する行為ではないので、可罰的違法性を欠き、無罪である。

二、次に、本件公訴事実第三の一ないし四は、正当な争議行為あるいはこれに附随した行為であつて、憲法第二八条、労働組合法第一条第二項本文、刑法第三五条に則り違法性が阻却されるべきである。

すなわち、前記のとおり右犯行はストライキ突入と同時に行われたもので、しかも、争議にいたつた原因は使用者側の不誠意な態度(団交拒否、組合の要求に対する低額回答の表示、組合の切崩しなど)にあつたこと、ストライキ突入当時の組合員数はさつきタクシーの全従業員二九名中二一名であつた(ただし、非組合員管理職員で運転可能なものは七ないし九名)こと、さつきタクシー側は一二月二一日以後は全車輛の車検を組合側に先んじて確保しようとしておるなどから非組合員などにより自動車の運行をなすおそれがあつたこと、ストライキ突入後といえども組合側は八輛分の車検は引揚げたが、エンジンキーはそのままさつきタクシーが保有し、車輛の点検、整備その他車輛を保全するに必要な行為は自由にでき(排他的占有におよんでいない)、一七輛中九輛分の車検はさつきタクシー側が確保して運行の用に供し(さつきタクシーの支配下の労働力で稼動できる車輛数は七ないし九輛)、被告人らが車検を引揚げる際および返還を拒否した際には何らのトラブルがなく、極めて平穏に終始したことなどの諸般の事情があり、加えて、本件車検の確保は運送業という特殊性からしても、「罷業権を行使するうえにおいて必要不可欠な行為であつた」といわねばならないから、本件行為は正当な争議行為であつたということができる。

してみれば被告人らの右行為は無罪である。

第二、判断

(甲)構成要件該当の有無について

一、威力業務妨害罪の構成要件は、いうまでもなく「威力を用いて他人の業務を妨害する。」ことであるが、この場合、威力とは「人(業務妨害の被害者)の自由意思を制圧するに足る勢力」をいい、それは、直接人に対してなされると、物に対してなされるとを問わず、場合によつては、被害者の不知の間に行われることもあり得る(本件各犯行はその例)のであつて、また、右犯罪の成立には、現実に業務が妨害されることを必要とせず、妨害の危険が発生するをもつて足ると解するを相当とする。

したがつて、右犯罪は、いわゆる危殆犯で、かつ即時犯であると解することができる。ところで、道路運送車輛法第六六条第一項は、自動車は車検を備えつけずに運行の用に供してはならない旨規定しており、本件犯行の被害者(さつきタクシー代表者河田社長)は、自動車に車検を備えつけず、これを運転手に運行させると、同法第一〇九条第六号、第一一一条本文により、刑罰を科せられることとなり、運転手もまた行為者として同様刑罰を科せられることとなるから、車検なしでは運行を拒否することとなり、事実上運送業務の遂行が不可能もしくは著しく困難となるものであり、被告人らにおいても、もとより、このことを目的として判示各車検を取上げたものである。

二、そうすると、被告人らが判示各車検をさつきタクシー(河田社長)の意思に反して取上げた行為は、さつきタクシー(河田社長)の自由意思を完全に制圧するに足る勢力、すなわち、威力に該当すると判断するを相当とする。

三、次に、弁護人主張の因果関係の有無について考察するに、仮に、弁護人主張のとおり、組合の同盟罷業突入後さつきタクシーの支配下にある運転手は七台の自動車しか運行できなかつたとしても、第三回公判調書中証人河田佐津喜ら供述記載部分、第五回公判調書中証人河田富夫の供述記載部分によれば自動車は互いに交替して旅客の運送に供されているのみならず、さつきタクシーにおいては、同会社に常時雇傭している運転手以外に必要な場合は外部から臨時の運転手を雇つて自動車を運行させ、旅客運送業務を営んでいることが認められるので、被告人らに車検を取上げられた自動車自体の運行をなし得ない状態であつたとはいえず、また、右自動車の運行をなし得ない状態であつたとしても、前記の如く車検を取上げられたことにより企業内に混乱を来たし運行可能車輛に関する業務計画も挫折するにいたり、正常な業務の遂行が妨害されることは、推察するに難くない。

そうすると、被告人らの判示車検取上行為のため、さつきタクシーの正常な旅客運送業務の遂行ができない危険性が発生していることは確実であり、あるいは業務妨害の結果も発生しているとの見解もなり立つ余地がある(同盟罷業それ自体も右妨害の危険発生または妨害の結果の原因となつているが、これと併存して車検取上行為もそれの原因となつている)ので、被告人らの本件犯行(車検の取上)と右妨害の危険発生またはこの妨害の結果との間に因果関係があることは明らかである。

四、してみれば、判示車検取上行為により業務妨害罪は既遂に達したというべきであるから、車検取上後におけるその保留、または返還拒否は、犯罪(既遂)成立後の不可罰的事後行為であるといわねばならない。(判示のごとく、車検保留行為を認定したのは、構成要件該当事実としてではなく、情状に関する事情として認定したにとどまる。)

果してそうだとすると、この場合、被告人らの車検取上行為がその自動車の担当運転手の意思に反してなされたか否か、また、返還要求に対する拒否行為が平穏になされたか否かは、本件威力業務妨害罪の構成要件充足の有無には関りない事柄であつて、公訴事実がこの点を、訴因に取上げているのも、事情として掲記したにとどまると解するを相当とする。

五、以上のごとく考察して、判示各車検取上行為にかかる威力業務妨害罪の構成要件は、すべて充足しているものと解されるので、弁護人の主張は理由がない。

(乙)違法性の有無について

一、判示第二の一および二の各犯行について

(一) 判示第二の一、および二、の各犯行は、判示のとおり、組合とさつきタクシーらとの間の交渉がもの別れとなつた直後、いまだ組合は、同盟罷業の実行を予定しておらず、正式の団体交渉をすみやかに開始するよう、使用者側に対し強力に働きかける必要のある時点において行われたものであるところ、右各犯行は、団体交渉を促進させる目的をもつてなされたものと認められないので、正当な争議行為とはいえず、もとより、違法であるけれども、河田社長が、当時すでに車検を一部引揚げて挑発的な行為に出で、同社長には、誠意をもつて団体交渉に応じる態度がなかつたと認められるので、さつきタクシー側にも、非難を加うべき余地が多分にあるということができる。

(二) しかしながら、判示のごとく、さつきタクシーは、小規模な旅客運送業務を営む会社であるところ、その不可欠な営業用具である自動車のタイヤの空気を抜き、その充填を一時不能にするためエアーコンプレツサーのコードを切断し、現に運行中の自動車の車検を持ち去つて、運転手をしてその運行を断念させたもので、判示各犯行により、さつきタクシーの業務は現実に妨害を受け、そのため財産的損害が発生していることが明らかであつて、このときの団体交渉の目的が低賃金の労働条件を改善するための正当な要求であつたにもかかわらず、河田社長が誠意をもつてこれに応じようとせず、組合に先んじて車検確保を意図して挑発し、それが、これら犯行を誘発する一因をなしていることの事情を考慮に入れても、右犯行の態様自体、十分処罰に値いする違法性があると判断するを相当とする。

二、判示第二の三および四の各犯行について

(一) 判示第二の三および四の各犯行は、判示のとおり、組合の同盟罷業突入時に接着し、その前後において行われたもので、同盟罷業における争議行為ということができるけれども、使用者であるさつきタクシーにおいては、組合の同盟罷業中も操業の自由を有しておるので、その物的手段たる自動車の運行を事実上不能ならしめるところの車検取上行為は、自動車のタイヤの空気を抜いたり、エアーコンプレツサーのコードを切断したりなどの物理的方法によることに比べて、むしろ、強度の争議手段であつて、使用者の操業の自由に対する決定的な打撃行為ということができる。

(二) 本件の車検取上行為は、取上げる車検の数量(全車輛と車検取上数との割合)いかんでは、ピケツテイングないし職場占拠の争議手段に比して、より強度の争議手段であつて、しかも、労働者側の内部的な意思の連絡さえあれば、労多くして功の少ないピケツテイングないし職場占拠の手段に代えて、きわめて容易に実行に移すことができ、その結果、使用者は、場合によつては、操業の自由を剥奪されるとひとしい立場におかれることも考えられる。

(三) 以上のごとく考察すると、本件の車検取上行為は、正当として許容されるピケツテイングないし職場占拠等の争議手段の範囲をこえて、使用者の経営権を侵害する違法な行為と判断するを相当とし、判示のごとく、被告人二宮音一郎、同小島和宏および同溝口義明は、高橋健治の指導によるとはいえ、これについて何ら批判を加えることなく盲従し、さつきタクシーの保有車輛のうち可及的多数の台数の車検の確保を目ざして、その約半数を取上げ、しかも、前記第二の一および二の犯行により、河田社長を不必要に刺激して、じ後の団体交渉を困難ならしめ、同盟罷業を行うようになつたもので、この場合は正当な要求にもとづく労働争議の手段としてなされたとはいいながら、一台を除いては同盟罷業に入る直前にさつきタクシー側の虚をついてなされたことなどを考え合わすと、前記のごとき河田社長の不誠意な態度と挑発的行為がこの場合も犯行の一誘因をなしている点を考慮に入れても、とうてい、この犯行をもつて、可罰性のないものとはなしがたい。

(四) なお、被告人田中正生については、判示第二の四の一台の車検についてのみの犯行ではあるけれども、同被告人のこの所為も、争議手段として他の被告人らの同種の行為を予定し、これと同調する目的をもつてなされたと認められるもので、同被告人の犯行についても、また、他の被告人の場合と同様に可罰性がないとはいいがたい。

三、以上のごとく考察して、判示各所為は、いずれも処罰に値いする違法性があると認められるので、弁護人の主張は、採用できない。

(法令の適用)

一  被告人二宮音一郎の判示第二の二の(一)、(二)の各所為のうち器物毀棄の点はそれぞれ刑法第六〇条、第二六一条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、右各所為のうち威力業務妨害の点と判示第二の二の(三)の所為は包括して刑法第六〇条、第二三四条、第二三三条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するが、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として犯情の最も重い威力業務妨害罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、判示第二の三の(一)ないし(三)および四の各所為は包括して同法第六〇条、第二三四条、第二三三条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、以上は、刑法第四五条前段の併合罪なので、同法第四八条第二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、同被告人を罰金一万五、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法第一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項ただし書により同被告人に負担させないこととする。

二  被告人小島和宏および同溝口義明の判示第二の一、二の(一)、(二)の各所為のうち器物毀棄の点は、それぞれ、刑法第六〇条、第二六一条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、右各所為の威力業務妨害の点と判示第二の二の(三)の所為は包括して刑法第六〇条、第二三四条、第二三三条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、それぞれ該当するが、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として犯情の最も重い威力業務妨害罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、判示第二の三の(一)ないし(三)および四の各所為は包括して刑法第六〇条、第二三四条、第二三三条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、以上は、刑法第四五条前段の併合罪なので、同法第四八条第二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、同被告人両名をそれぞれ罰金一万五、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは同法第一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間同被告人両名をそれぞれ労役場に留置し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項ただし書により同被告人両名に負担させないこととする。

三  被告人田中正生の判示第二の二の(一)、(二)の各所為のうち器物毀棄の点はそれぞれ刑法第六〇条、第二六一条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、右各所為のうち威力業務妨害の点と判示第二の二の(三)の所為は包括して刑法第六〇条、第二三四条、第二三三条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するが、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として犯情の最も重い威力業務妨害罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、判示第二の四の所為は同法第六〇条、第二三四条、第二三三条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、以上は、刑法第四五条前段の併合罪なので、同法第四八条第二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、同被告人を罰金七、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは同法第一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項ただし書により同被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 水地巌 重富純和 山崎末記)

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